退院して、3週間が経ちました。
母は入院前まで、ゆっくりではありましたが、食事の支度、片付け、入浴、洗濯、身支度まで、ほとんど一人でやっていました。
私は朝晩、母の家に顔を出して、元気にしているかを確認するくらい。
それが、3か月の入院生活を経て、少しずつ変わってきました。
病院では、食事は上げ膳据え膳。
自分で何かをしなくても生活できる環境でした。
退院してからは、自分でやろうという気持ちはあるのかもしれません。
でも、以前のようにはできなくなっています。
私は母の様子を見ながら、
「ご飯を温めることはできるかな?」
「お湯を沸かすことはできるかな?」
「食器を洗うことはできるかな?」
そんなふうに、一つひとつ様子を見ています。
できることもあります。
でも、以前のような「勝手」がまだ戻っていない。
どう動けばいいのか、頭の中が少し混乱しているようにも見えます。
「これはできる?」
と聞いて、
「できるよ。」
と答えたことは、できるだけ手を出さずに見守るようにしています。
それでも、以前に比べると、私が手を出すことはずいぶん増えました。
洗濯は、私たちの洗濯物と一緒にすることにしました。
朝は母の家へ行き、ゆで卵を作り、ご飯を温めます。
冷蔵庫から残り物を出して、小さな器に取り分けて、朝食を用意します。
夕飯は、おかずを作ったときに母の分を取り分けておきます。
薬の用意も、私がするようになりました。
入院前から薬は飲んでいましたが、通院の日に薬が結構余っていることがありました。
きちんと飲めていなかったのかもしれません。
これからは私が管理した方がいいと思い、薬も一週間分を用意するようにしました。
お風呂も、以前は一人で入っていました。
でも退院してからは、面倒なのか、自分から入ろうとしません。
「夏だから、シャワーだけでもいいよ。」
と言っても、
「そうだね。」
と言うだけ。
夜、様子を見に行くと、もうパジャマに着替えて、寝るだけになっています。
「シャワーは?」
と聞くと、
「体、拭いた。」
と。
「あら、そう。」
と思って、
まあ、いいか。
と考えるようになりました。
今は週2回デイサービスに通っていて、そこでお風呂にも入っています。
週に2回お風呂に入っているんだから、あとは体を拭いているなら、それでいいか。
そんなふうに、少しおおらかに考えるようにしています。
そんな感じで、私の生活も少し変わりました。
母への手助けが増えました。
でも、それも今の私の生活なのだと思います。
これまで母は、80歳を過ぎても、働いている私に、
「お惣菜を作ったから。」
と分けてくれたり、洗濯物を取り込んでくれたりしました。
いくつになっても、母は母でした。
私がいつまでも子どもでいられるような、そんな存在でした。
今度は、私がお返しする番なのだと思います。
母ができることは、できるだけ自分でやってもらう。
でも、できないことは私が手伝う。
無理をさせることもなく、何でも先回りしてやってしまうこともなく。
母ができるだけストレスなく、穏やかに暮らせるように。
そんなふうに、これからの母との生活を作っていきたいと思っています。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
「母のいる時間」は、母との日々を未来の私へ残すための記録です。
同じように親との時間を大切にしている方にも、そっと読んでいただけたらうれしいです。



は-らんさん
お母様との時間を大切になさってるのが文面から感じられます。
母親はかけがえのない存在です。
娘さんが頼りだと思うので、出来るだけ
そばにいてあげて下さいね